October 06, 2008

急ブレーキ

欧米の金融危機、どこで歯止めがかかるんでしょう。

元々、彼らは無に近いものからお金を作り出してきたようなところがありましたが、ガソリンや原材料、食糧の高騰など、この1、2年、悪い面が大きく噴き出していましたし、当然の帰結でしょう。とはいえ、これだけ急激だと、周囲への影響もかなり大きくなりそうですね。

でも、日本を含めてアジアの金融は、比較的堅実だったのか、大嵐には巻き込まれていない感じがします。ひょっとしたら経済覇権が大きく動きだすキッカケになるのでしょうか。残念ながら、日本がリーディングするとは思い難いですが、中国もまだまだ問題が多いし、しばらく混沌とするのかもしれません。

いずれにしても、暫くは不景気になるんでしょうね。でも、停滞のおかげでCO2の発生が抑制されるわな(苦笑)

個人的には、節約に耐えられる身体にしないと (^^ゞ

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September 23, 2008

復帰 1周年です ヽ(´▽`)/

驚いたことに >オイッ ブログ、再開して1周年と相成りました! \(^o^)/

相変わらずキレのないブログですが 開き直るのか>自分 、遊びに来ていただいてありがとうございます。 m(_ _)m

昨年9月に広島に赴任となり、連休で時間のできた23日にブログを再開。いつ途切れる、いつ途切れる?、という感じでしたが、皆さんが遊びに来てくれたり、コメントを頂けたりすることで、ゆっくりとですが続けることができました。

最近は、食ブログ!?という噂もありますが、身近なことを中心にノンビリ書いていこうと思っています。

キレのないブログがたまには読みたいと思ったアナタ、
だからぁ。開き直るのか>自分

運悪くここに辿り着いてしまったアナタ、
ホント、運命だと思って、諦めてくださいな

引き続きよろしくお願いしますです m(_ _)m

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September 04, 2008

成果主義

以前に比べると、だいぶ「成果主義の限界」というフレーズを見かけるようになった。製造業に携わる者からすれば、何か物事をやりとげるためには大なり小なりチームとしての活動が必要で、個人単独でできることは限定的であり、個人ベースの成果主義ということに対して違和感があった。

もちろん、資本主義における会社の目的の1つは利潤をあげることにあるので、存在そのものが成果主義なのであるが、会社の成果は社員全体として達成すれば良いのであって、個々人が単独の成果を求める必然性はない。

チームの中における役割と成果は、マネージャーに与えられた職務であり、権限である。マネージャーは、成果を最大に上げるために全体の中における個人の役割を位置づけ、チームを有機的に結合することが必要となると考えられる。すなわち、全社員一律の成果主義ではなく、チームの中における役割に対する貢献度をみることこそが重要となる。

言い換えれば、チームの利益を最大化させるためには、個人プレーは時に足を引っ張ることとなるが、今、一般にいわれる成果主義は、個人プレーを誘発するシステムになっていることが多いため、成果主義の限界、という表現で発露していると思われる。

翻って、従来の日本式システムを考えると、上に立つ者が、部下のチーム内の役割、ひいては、会社内の役割を変更(上昇)させていくことによって、実質的な成果主義が作用していたと考えられる。また直接的な成果が少なくても、潤滑剤的な役割が得意な人やチャレンジが出来る人も、相応に評価を受けることができる。問題点は、上司に判断する力がなかったり、贔屓的なことがおこるなどの弊害である。これからの会社システムを運用するうえでは、明確に、かつ、数字に見えずらいものを如何に評価するかが課題となってくるであろう。

この成果主義と似たような構造に陥っていると危惧されるのが、国立大学の法人化である。産学官の連携という名の下、大学が金になる成果を求められすぎているのではないだろうか。本来、産学の連携というのは、それぞれの得意分野、やり方を生かしながら、より効率的に、学術的にも経済的にも高い成果を得ることが目的であろう。ところが、大学の法人化によって大学が軸足を経済側に移しすぎ、会社における「個人の成果」を出すことが大切だと位置付けている感を受ける。

もちろん、大学の成果が企業を通じて社会に出ることは良いことなのであるが、大学研究への資金配分まで、そのような成果で振り分けるようなシステムは問題ではないだろうか。結局、大学の研究が儲ける研究にシフトすることとなり、企業内研究と大差なくなる恐れがある。文部科学省も、限られた資金を有効に使用する方法として現在のシステムを考えたのであろうが、一般社会と同じく大学も2極化が進み、いわゆる成果という金目の研究をやらなければ生き残れなくなる。ー企業レベルではなく、国全体がシステム不全になった場合、将来の科学・工学分野への影響は莫大なものになると懸念される。

1人のスター教授を褒め囃すこともよいが、国が求めるべきものは国全体としての成果を最大にすることであり、縁の下の力持ち的な基礎研究や、企業が動かない大胆な研究などに十分配慮することが、日本の将来のために必要不可欠と考える。大企業がやって欲しい研究は、企業が先生に金を払ってやってもらえば良いのだから、大学のお金の配分の仕方は、何らかの公平性を工夫しながら、もっと先をみた使い方、現在の経済性だけに囚われない方法を構築すべきだろう。

暴論+駄文+まとまりのない文、失礼しました m(_ _)m

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August 11, 2008

ついつい

見ちゃいました、オグシオ (^^ゞ  見事に勝ちましたね。

一応、学生時代にバドをやっていたので、やっぱり試合を見ちゃいます。いつ見ても思うのですが、テレビだと何気なくやっているように見えちゃいますね。きっと、打つ直前までフェイントでラケットの面を色々と変えたり、タイミングをわかりづらくしたりといった技の応酬が行われているのだと思うのですが。

もう、間違いなく反応できないなぁ…(涙)

それにしても、相手はシガニーウィーバーに見えたのは、僕だけ?

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August 07, 2008

ストリートビュー

googleのストリートビューという機能が日本でも付与されたとのことで、少しだけ見てみました。

いやいや、予想以上に鮮明な画像で、プライバシー問題が取りざたされるのが分かるような気がしました。

自分が昔住んでいたエリアは、乙女ロードと呼ばれるエリアの近くだったのですが、見に行ってみると、予想通りというか、なんというか、浸食されていました… 当時でさえ、道を歩くのに往生していたのですが、いやはや、引っ越していて良かった…

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June 09, 2008

通り魔事件

酷い事件です。どうして、こんなことが起こってしまったのでしょうか。
事件にあわれた方のご冥福を心からお祈りいたします。

最近、こういう事件を耳にすることが多くなりましたが、その度に考えてしまうのが、死刑廃止論です。僕は、どちらかといえば、死刑を維持するべきだと考えていますが、欧州などでは、ほとんどの国が死刑を廃止済みだとのことです。今回の事件でも、廃止論の人であれば、「死刑は抑止力にならなかった証拠」とか、「死刑になりたいから、殺人、という人が増えていて、逆効果」などと言いそうです。(これは、逆に端的な例が現れただけで、実際には抑止効果は少なからずあると、個人的には思いますが。)

そうは言っても、こんな事件に巻き込まれた方の遺族や友人は、その悔しさをどうすれば良いのでしょうか。よく言われるのは、終身刑の適用です。日本のように仮釈放のようなものはなく、本当の意味で、ずっと刑務所にいることです。生きている間、ずっと罪を償うことになります。冤罪などのような場合には、間違いを途中で止めることは可能です。確かに、今の日本の法体系には無いこのシステムは、適用の妥当性はあるようにもみえます。

でもやっぱり、僕には廃止論は理解できません。もちろん、軽々に死刑判決を出すことに対しては十分な検討が必要ですが、被害にあわれた方(死刑のような場合、お亡くなりになった方)の人権をもっと尊重すべきなのではないでしょうか。

 

予想通り、まとめられませんでした、すいません。

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May 21, 2008

どぶろくモドキ

酒税法上の問題のある、どぶろくですが、そうはいいつつ本が出たり、いろいろしています。

僕はどぶろく造りに対する興味は少ないのですが、発酵させて酒(アルコール)ができるんだから、ひょっとして自宅でバイオ燃料とか出来ちゃうんじゃない?なんて思っていました。

我ながらしょーもない…って思っていたら、もうちょっと真面目に可能性を考えていた人がいるみたい(こちら)。工場生産のようにはいかないだろうけれども、こういう取り組みって面白いですね。

電力などは、大型発電所などによる一極集中型への依存は大きいものの、風力や太陽光発電、バイオマス発電など分散型に移行しつつあるような感じを受けます。もう一段元を辿ったエネルギー源となるガソリン等についても分散が起こっても良い時期にある気がします。

ま、結論としては、地ビールは旨い、ということですか。
って、オイ>自分

今日は、真面目に?働いたせいで、ちょっと戻して、64.5 kg っす。 えぇ、一過性ですよ(涙)

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April 01, 2008

結局

パソコン、買い換えました。

会社の仕事は、自宅のPCで出来ない時代になってしまっているし、自宅に帰ったらMacがいるので、単身赴任先専用ということで、安いノートパソコンにしました。

また、ボチボチと書きますので、よろしくです。

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March 28, 2008

Stupid Norton !!

先日、長期出張から帰り、パソコンの前に座っていると、左下でN●rton 360がアラームを出していました。開いてみると、ディスク最適化の催促。

普段は放置しているのですが、久しぶりだし、なんて思って、ポチッと。1分ぐらいしてからでしょうか。

画面が暗転… shockshockshock

その後、ろくに起動できなくなり、回復処理をいろいろやってみたのですが、ほとんど駄目。今、それなりのクリーンインストールをしてみて、ようやく立ち上がっているのですが、なんか、ボロボロ不安定。調べても、「あぁ…orz」というメッセージしか出てこないし。

シアトルに一緒にいった愛機も、そろそろ引退かも。というわけで、また暫く更新がないと思います。

それにしても、N●orton 360 angry

ただのきっかけだったかもしれないけど、評判をみると、怪しい、怪しすぎる。

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March 12, 2008

うぅっ・・・

長期遠征&ギリギリ処理の連続で、疲れました _| ̄|○

(飲みすぎ、というウワサもチラホラ)

とりあえず、生きていますということで。

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January 17, 2008

皆さんのため

僕がHPを持っている理由です。
ウソです~、ウソですから石を投げないでぇ~

さて。

人のために何かをする、ということは、高いモチベーションに繋がりますよね。でも、最近の場合、口に出している時って微妙なケースが散見される気がします。確かにそういう面もあるけど、どこか自分に言い聞かせているような。

昔の男性会社員が、「家族のために…」っていって超長時間労働していたころは、産業の立ち上げ期でもあり、経済的にも実際にそうしないと廻らなかったと思います。でも現在の場合、ワーキングプアのような状況に陥ってしまった方は昔の状況に近いものの、そうでない会社員は、そこまで長時間労働をしなくてもソコソコ生きていけると思います。きっと「家族のために」よりも、「自分のために」働いている部分が実際には大きいのではないでしょうか。

もちろん、奥様も含めて立身出世をすることが大事と思うのであれば、死に物狂いで働くこと=家族のため、になりますし、こんな時代ですからクビになるような状況にならないように働く必要はあります。でも、やはり一般的な家族では、土日に一緒に出かけるとか、夜に色々と話をするほうが大事なように思います。僕も帰宅が早い方とはいえませんが、遅くなっているのは自分勝手に仕事をする自由をもらっていると最近感じていましたし、土日は原則的に会社に行かないように心がけています。まぁ、「亭主元気で留守がいい(古ッ!)」が、本当は家族のためかもしれないですけど(苦笑)

うーんと、何でこんな日記になったんだろう? と考え直したら、最近の政治家の「国民の皆さんのために…」というフレーズが、飲む打つ買うのオッチャンが「俺が家族のために…」と言っているのと同じぐらい本心と感じられないからでした・・・

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October 24, 2007

昨日までのお題の中で、帰属欲と書きましたが、人は多かれ少なかれ、欲望を持って生きているのだと思います。

本能的な欲、といわれるのが、「五大欲」とよばれるもので、呼吸欲(生存欲)、 睡眠欲、仲間(集団)欲、食欲、性欲です。帰属欲に相当する「仲間欲」は、心理学的にも本能的な欲として位置付けられています。

このほかにも、マズローの5段階欲求も有名です。
生理的欲求→安全の欲求→所属と愛の欲求→承認の欲求→自己実現の欲求、と1つの欲求が満足されて、次の段階の欲求が高まる、というものです。内紛地域の人とかであれば、安全の欲求、となるでしょう。場合によっては、衣食住の確保で大変な場合もあるかもしれません。

それに対して、一般的な日本人は、生まれたときから安全の欲求までは満たされることになります。もちろん、マズローの考え方は極端に表現したもので、帰属欲よりも承認欲が先の場合もありますし、安全の欲求をより深く掘り下げる場合もあるでしょうが、集団帰属が現在の日本人の基礎的な欲の1つといえるのでしょう。集団帰属は極めて精神的に重要であり、村八分やイジメの与える影響の大きさが再認識されます。

一方で、「無欲」があります。本当にこのレベルがありえるのかどうかは分かりませんが、「無になる」というのは、往々にして突き詰めていった結果であるように聞きます。ということは、「無欲」というのも欲を乗り越えられるぐらい、全ての欲望、お金や名誉、精神的達成感を満足することによって初めて発現するものではないでしょうか。

でも、無欲ってどんな感じなんでしょうね。「無欲になりたい」と思った時点で、欲が発生してしまうわけで。マズローでいうところの最終段階の自己実現の欲になるので、もう少し、というぐらいかもしれませんが。そう考えると、無欲って自分自身が宇宙になる、みたいな宗教チックな状況でしょうか。

えーっと、何が書きたかったか、良く分からなくなってしまいました (^^;

とりあえず、某管理人は、もう少し分かりやすい、まとまりのある文章が書けるようになりたい、という欲を持っているのですが、残念ながら・・・
orz

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October 23, 2007

なぜBlogを書くのか (3)

終わったようで、終わっていません(笑)

このお題には、「なぜBlogを選んで書くのか」という側面もあります。今の時分、SNSを選択するのも当然可能であり、実際、その方向に動いた時期もありました。SNSはSNSで面白いですし。

SNSの利点や特徴は、既に沢山の方が指摘している通り、
①知り合いの間のコミュニケーションツールとして使える
②本人の考えで、コミュニケーションレベルをコントロールし易い
点があります。これに加えて、各サービスごとに、いろいろなサービスがパッケージングされていて、人によっては、SNS=ポータルサイトとしても使えるのかもしれません。

僕の中の感覚で言うと、SNSは今の付き合いの延長で、コミュニティーを拡大していく感じ。普段の実社会での友人付き合いのWeb版です。積極的に関与すれば、友達の友達からネットワークができる可能性もあります。そして、コミュニティーが沢山あるので、そこに参画することによって、自分の付き合いは増えるし、初めから嗜好が同じ、あるいは分かっている方々と付き合える、という意味では、深く交流するチャンスも生まれて易いかもしれません。

でも、良い意味でも、悪い意味でも、基本的には「お互いに分かっている」クローズな関係です。もっと端的な表現としては、外からググってもmixiの日記は出てこない、ということです。もちろん、意外な遭遇もあるかもしれませんが、その意外性の幅と確率は小さいものだと思います。

ですので、SNSで日記を書いているのは、交換日記に近い感覚ともいえるのではないでしょうか。

一方、日記や考えを書く上で、自分の想定外のコメントが得られる可能性があるのは、Blogの方なのではないか、と考えました。Blogはオープンであり、不特定の方が訪れることが可能です。 不特定多数と書けない、弱小サイトですが、何か
うちのサイトでさえ、何かの縁でぶつかる可能性があるでしょう、きっと。そして、意外な感想やコメント、新しい情報をいただけることで、自分にとっても新しい見方を学ぶチャンスになる気がします。もちろん、昔、うちの親サイトに遊びに来てくださった方も、何かの気まぐれで訪れてくれるかもしれませんし。

そんなわけで、今日もBlogに書いています。まぁ、何度も書きますが、アクセス数が少ないサイトには関係ないんd(略)

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なぜBlogを書くのか (2)

ちょっとタイトルが大きすぎました。
なんか、心理学的な内容とか、社会学的内容のブログっぽいですが、実際は自分の考えの整理だけなんです。
_| ̄|○スイマセン 

昨日に引き続き。

現実的には、ブログを再開したのは、1人で過ごす時間が増えたことが大きなきっかけだったと思います。心のどこかでは、昨日の③に対する懐かしさがあったのではないかと、今にしてみれば思います。会社のメンバーは兎も角、新しい土地に来たことで、自分の中に帰属欲が高まっていたのかもしれません。

でも、やっぱりそれは違うな、と。

改めて過去の日記を流してみると、当時どのようなことを考えていたのかが分かるような気がしました。そのときの自分が、どこに居て、何を感じて、何を考えたか。そして、記憶が風化する前に記録する。自分自身にとっての備忘録的要素は僕にとっては大事なことだと再認識しました。

新しい土地に来たというチャンスをもっと自分の中に取り込み、それをブログで表していくのが良いのではないかと、今では考えています。そしてそれが、来訪してくださる方々に伝わり、その後も時々遊びに来てもらえるようにになれば、本当に嬉しい限りです。ただ如何せん、そこは僕の文章力ですから・・・(涙)

以上の観点から、ブログのページのリニューアルに際し、いままでは垂れ流しでしたが、今更ながらカテゴリーを設置してみました。この分類が、自分なりにこれから書いていくであろう内容を示しています。まぁ、並べてみると在り来たりな言葉達で、実態はあまり変わっていない気もしますが(苦笑)、自分の中では少しスッキリした感じです。

・・・それにしても、このブログの内容、あまりタイトルと合致していませんね(苦笑)
あえて言えば、新たな気持ちとしては、

①自分の感じたもの、体験したものを記録。どちらかというと、地域密着型で。

そして、高望みをすれば、
②それを読んだ人が何かを感じてくれること(できればコメントつきでね(悲願))

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October 22, 2007

なぜBlogを書くのか (1)

ブログ復帰からほぼ1ヶ月経ちました
「奇跡だ!」とか言うな、そこっ!

でも、なんとはない違和感を感じています。
それが、今日のお題。

僕がHPを始めたのは、シアトルへ行ってからのことでした。渡米前に、色々な方のHPを見て情報収集したのが大変役に立ち(もちろん、体験しなければわからないことも沢山ありましたが)、自分の体験が少しでも役立てば、との考えからスタートしました。それに加えて、自分の備忘録として。

その際に、日記「減量日記」を始めました。きっかけは体調不良からなんですが(汗)、アメリカの食生活を中心とする、様々な違いを形式的ではなく伝えられる、という意味からも、上述の方向性と合致していたと思います。

その意味で、このHPを始め、維持してきた理由が2つ明確にありました。
①アメリカでの生活を紹介する
②それらの、自分の備忘録

その後、みかろうさんShinさんを中心とする、自分のお気に入りのサイトの管理人の方にリンクをお願いしたり、日記才人(2007.7閉鎖(!))の類へ登録したりして、少しずつHPの体を整えました。Yahoo!のシアトルカテゴリにも登録していただけるようになり、この頃は、アクセス数が増えることが楽しかった気がします。

その後、エポックとなったのが、みかろうさんとのプチオフでした。これをきっかけに、シアトルの色々な方々との交流が濃密となり、コミュニティー的な活動となりました。同じ時期に異国に居て、すこしずつコメントなどでの交流を深めていった経緯のためでしょうか、居心地の良い集団となっていました。このときの感覚はチョッと特別で、自分の中でも大切なものとなりました。

③コミュニティーとしての交流、帰属感

その後、帰国したのちも、暫く日記を書いていたのは、ある意味では、このコミュニティーに対して自分が存在していることを伝えたかったのかもしれません。

でも、③については帰国後は本質的に難しいものとなりました。日々の生活も、会社生活で覆われ、その内容はもちろん日記にはできず、家族中心の話題へと変わっていきます。しかも、書いて掲載したいのは僕だけであるのに。 家族以外の話題を書ききるのにも、情報を集約したりするのに時間がかかり、大切にすべき時間を無為に過ごすことも多かったと思います。そして、当然のことながら、最初に掲げていたHPのスタート理由①、②も失われ、あえて続ける理由は無くなっていました。

自分にとっては、上の3つが日記を続けていた理由だったと思われます。そして今の違和感は、自分がブログを再開した理由が、自分でも良く分かっていないことにあるのではないかと考えています。


まとまりが無い文章を垂れ流してスイマセン m(_ _)m
以後は、次回に。
 

それにしても、帰国前の方が痩せていたな(苦)

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October 10, 2007

やっぱり大きい

どうも、どうも。 途切れそうなKatsuです。

最近、もう当然のようになってしまった、中国の大量生産、大量消費。鉄鋼は、日本の4倍ぐらいあるし、セメントなんて、15倍ぐらいありますよ、旦那。

だもんで、中国の中のチョッとの割合が輸出されるだけで、海外から見れば多量の材料が氾濫することになるのも当然ですなぁ。

そんななか、こんなデータが載っていました。
0300

 
 

 
(゚Д゚) 消費もスゲー

世界の豚さん、中国人のお腹へLet’s Go!です。
これって、インドが豚を食べないから?

野菜も5割近いのね。農薬とか、もっと気を配った方が・・・

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